《五〇セントの教訓》

 『思考は現実する』ナポレオン・ヒル著から

※五〇セントの教訓
 ある日の午後、大農場を経営していた伯父の粉挽き小屋の扉が静かに開き、黒人の小作人の小さな娘が入ってきた。
 伯父はその幼い女の子に目をやり、荒っぽく聞いた。
『何の用だ』と、
 女の子は弱々しい声で答えた。
『ママが五〇セント貰ってくるようにって言ったの』
『あー、ダメ、ダメ。さっさと家に戻るんだ』
『はい』
と彼女は返事をすることはしたが、いっこうにその場を動こうとはしなかった。伯父はそのまま仕事に気をとられていたので、彼女がそこを立ち去らずにいることに気づかなかった。それで再び顔をあげた時、彼女がまだそこに立っているのを知り、思わずどなりつけた。
『家に帰れと言ったのがわからんのか。早く行かないとこらしめるぞ!』
その女の子は、また『はい』と答えた。それでも彼女はそこを動こうとはしなかった。伯父は小麦の袋を床に置くと、そばにあった天秤棒を手に取り、けわしい顔つきで彼女のほうへ近寄っていった。それは、気の短い伯父がその子に今にも襲いかかるのではないかと思わせる勢いであった。
 ところが伯父が彼女に近づく前に、彼女の方が先に一歩踏み出し、そして伯父を見上げて、甲高い声でこう叫んだのである。
『ママはね、どうしても五〇セントがいるの!』
 伯父は立ちすくんで、しばらく彼女の顔を見つめていたが、やがてゆっくり天秤棒を床に置いた。そして何とポケットから五〇セントを取り出して彼女に渡したのである。