世界の経営理論 入山章栄著より
進化理論の意図するルーティンを体現する企業は、例えば「無印良品」(MUJI)ブランドで有名な良品計画ではないだろうか。現在グローバルに躍進する同社だが、2001年に松井忠三氏が代表取締役社長に就任してからの同社の現場づくりは、まさに進化理論のルーティンを考える上での格好の材料といえる。
なかでも興味深いのは、同社のマニュアルである。良品計画のマニュアルはMUJIGRAMと呼ばれ、現場スタッフに広く浸透している。松井氏は著書の中で、MUJIGRAMについて以下のように述べる。
日本では、マニュアルという言葉にネガティブなイメージがあります。
マニュアルを使うと、決められたこと以外の仕事をできなくなる、受け身の人間を生み出す、とよく指摘されています。
無味乾燥なロボットを動かすような、画一的なイメージがあるようです。(中略)
しかし、そもそもマニュアルは社員やスタッフの行動を制限するためにつくっているのではありません。むしろ、マニュアルをつくり上げるプロセスが重要で、全社員・全スタッフで問題点を見つけて改善していく姿勢を持ってもらうのが目的なのです。
この発言は、従来の「マニュアル化」の通念を覆すものではないだろうか。良品計画では、マニュアルを本部がつくって社員に100%従わせることを、目指していない。むしろ、現場がマニュアルをたえず改訂し続けることで、「常に改善する」姿勢を組織の行動パターンとして「ルーティン化」しているのだ。
実際、同社のマニュアルづくりは現場主導で、現場と本部がコミュニケーションを取りながら、最低でも月一度は見直される。「マニュアルに完成はない」という思想だ。結果として、現場の社員はマニュアルに従いながらも、そのマニュアルに改善点がないかを常に考えながら行動するパターンを日々繰り返す。マニュアルにより行動パターンがある程度標準化されているからこそ、スタッフの認知キャパシティに余裕が生まれ、改善点を見つけられるのだ。
このように、「マニュアルを常に見直す」ことを前提にした暗黙の行動パターンがルーティン化されるとともに、形式知としてのマニュアルが蓄積され、常に現場が進化・成長を続けるのである。良品計画に限らず、トヨタ自動車、京セラ、デンソーなどいわゆる「現場が強い」と呼ばれる日本企業では「進化のためのルーティン」が醸成されている、というのが筆者の理解だ。