《モチベーション》

 世界の経営理論・・・・入山章栄著より

 職務特性理論に基づく「モチベーションを高める職務の5大特性」を体現する事例として、WiLの事業をここでも取り上げよう。
 WiLはシリコンバレーでベンチャーキャピタリストを務めていた伊佐山元氏などが中心になって、日本の大企業からイノベーションを起こすために2014年に立ち上げられた企業だ。
 WiLは2014年にQrioというIoT技術を使ったスマートロックを開発・販売する合弁会社を、ソニーと共同出資で立ち上げた。ここで興味深いのは、WiLはソニーの若手エンジニアを、この小さな合弁事業会社に転籍させたことだ。そして伊佐山氏によると、大企業から小さなスタートアップ企業に移ったことで、エンジニアは飛躍的にモチベーションを高めたという。
 大企業では、エンジニアは「自分が開発しているものが、最終的にどのような製品となり、どう使われる」がわからないことも多い。顧客の声に触れる機会も少ない。先の5大特性で言えば、「アイデンティティ」と「フィードバック」が弱いのだ。顧客の声が聞けなければ、その製品が社会にインパクトを与えているかもわからない(=「有用性」が弱い)。さらに大企業では、社員の役割は限定されることが多い(=「多様性」が弱い)。当然、「自律性」も制限されがちだ。
 一方でスタートアップ企業なら、この状況はすべて逆転しうる。スタートアップ企業では、エンジニアはすべての業務プロセスに携わらざるをえず、結果として顧客の声に触れる機会が増える。そうであれば、自分が開発している製品の有用性を知る機会も増えるだろう。仕事の自律性が高くなるのは言うまでもない。結果としてQrioでは転籍したエンジニアのモチベーションが高まり、大企業だと1年かかるプロジェクトを3カ月で実現したそうだ。現代のIoT分野は「多産多死」が前提のスピード競争をしているから、このようにモチベーションを変えてスピードを速める施策が重要なのだ。
 ニーズ理論や職務特性理論は一定の説明力を持つものの、モチベーションのメカニズムの全体像を描けるものではない。一方で、より普遍的な法則としてモチベーション向上・低下のメカニズムの全体構造を描こうとする理論が、1960~70年代に心理学分野で次々と登場した。先のシャピロらのAMR論文は、この時期を「モチベーション理論の黄金時代」と呼んでいる。
 黄金時代に生み出された理論の多くは、主に認知心理学をベースにする。モチベーション醸成において、人の認知は大きな役割を果たす。人が仕事に持つ「喜び・達成感・つらさ」などは、その人が認知して初めてモチベーションに影響を与えるからだ。