青年: もう先生もお気づきでしょう。まず挙げられるのは、この性格ですよ。自分に自信が持てず、全てに対して悲観(ひかん)的になっている。それに自意識過剰なのでしょう。他者の視線が気になって、いつも他者を疑いながら生きている。自然に振る舞うことができず、どこか芝居じみた言動になってしまう。そして性格だけならまだしも、自分の顔も、背格好も、どれひとつとして好きになれません。
哲人: そうやって短所をあげつらっていくと、どんな気分になります?
青年: まったく底意地(そこいじ)の悪い御方(おかた)ですね!それは不愉快になりますよ。まあこんなひねくれた男となんて、誰も付き合いたくないでしょう。わたしだって、身近にこんな卑屈(ひくつ)で面倒くさい男がいたら御免こうむります。
哲人:なるほど、もう結論が見えてきましたね。
青年:どういうことです?
哲人:ご自身の話でわかりにくければ、別の方の例を出しましょう、わたしは、この書斎で、簡単なカウンセリングもおこなっています。そしてもう何年も前の話になりますが、ひとりの女学生がやってきました。ええ、ちょうどあなたが座っている、その椅子です。
さて、彼女の悩みは赤面症(せきめんしょう)でした。人前に出ると赤面してしまう、どうしてもこの赤面症を治したい、といいます。そこでわたしは聞きました。「もしもその赤面症が治ったら、あなたはなにがしたいですか?」。すると彼女は、お付き合いしたい男性がいる、と教えてくれました。密(ひそ)やかに思いを寄せつつも、まだ気持ちを打ち明けられない男性がいる。赤面症が治った暁(あかつき)には、その彼に告白してお付き合いをしたいのだ、と。
青年: ひゅう!いいですね、なんとも女学生らしい相談じゃありませんか。意中の彼に告白するには、まず赤面症を治さなきゃいけない。
哲人: はたして、ほんとうにそうでしょうか。私の見立ては違います。どうして彼女は赤面症になったのか。どうして赤面症は治らないのか。それは、彼女自身が「赤面という症状を必要としている」からです。
青年: いやいや何をおっしゃいますか。治してくれといっているのでしょう。
哲人: 彼女にとって、いちばん怖しいこと、いちばん避けたいことはなんだと思いますか?もちろん、その彼に振られてしまうことです。失恋によって、「わたし」の存在や可能性をすべて否定されることです。思春期の失恋には、そうした側面が強くありますからね。ところが、赤面症をもっているかぎり、彼女は「わたしが彼とお付き合いできないのは、この赤面症があるからだ」と考えることができます。告白の勇気を振り絞らずに済むし、たとえ振られようと自分を納得させることができる。そして最終的には、「もしも赤面症が治ったらわたしだって…」と、可能性のなかに生きることができるのです。
青年: じゃあ、告白できずにいる自分への言い訳として、あるいは彼から振られたときの保険として、赤面症をこしらえていると?
哲人: 端的にいうのなら、そうです。