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《言い訳》

 今日は“職場の教養”から『言い訳に潜むもの』をご案内します。

 『言い訳』とは、『身の潔白を証明するために、立場を述べて説明すること。過失や罪を詫びること。弁解』などの意味です。
 
 一般的に『言い訳』は、要領よく取り繕おうとする印象を関係者や周囲に与え、見苦しいものであるとされます。だからこそ、部下や後輩の報告・連絡・相談に言い訳が含まれると、全体を否定してしまいがちな傾向が見られるでしょう。
 
 実は『言い訳』には、失敗の原因や解決への糸口などが含まれているケースがよくあります。なぜなら『言い訳』をするときは、自分を客観的に見つめた上で、『なぜ失敗したのか。なぜ事がうまく運ばなかったか』ということに、すでに本人が気づいている場合が少なくないからです。
 
 さらには、その『言い訳』という言葉の奥には、反省と共に同じ失敗をしないための対策など、前向きな姿勢が潜んでいることもあるのではないでしょうか。
 
 『言い訳』を含む失敗の報告は、決して耳に心地よいものではありません。しかし、まずは、その報告に対し静かに耳を傾ける余裕を持ちたいものです。

《野村監督流コーチング》

 先週は、楽天のリーグ優勝で盛り上がっていましたが、テレビ番組に野村監督が頻繁に出演されていました。少し興味がわいたので数年前に書かれた野村監督の本を読んでみました。

【本書のテーマ】
※『失敗』と書いて『せいちょう』と読む
※目標を自ら考えさせる
※欲から入って欲から離れる
※人は・無視・賞賛・非難の段階で試される
※満足⇒妥協⇒限定は再生の最大の敵
※再生の極意は『気づき』にあり
※絶対に結果論で叱らない

【スタートは意識改革】
心が変われば態度が変わる
態度が変われば行動が変わる
行動が変われば習慣が変わる
習慣が変われば人格が変わる
人格が変われば運命が変わる
運命が変われば人生が変わる

“野村再生工場” 野村克也より  

《プラス思考》

 船井流のプラス思考

※他者オール肯定
 何があっても他者を肯定します。自分にとって好ましくない相手でも、その人との出会い、軋轢などはすべて必然、必要なことです。相手をありのまま受け入れ、かりに好きになれなかったとしても、存在を『よし』とするのです。
 もっとも、相手がよからぬことを考えていたり、害を及ぼそうとたくらんでいそうな場合には、それをうまく回避するなり、相手の方からあきらめてくれるように、日頃から勉強と訓練を積んでおくことです。
 自分の方からケンカをふっかけたり、足を引っ張ったり、悪口を言うようなことは絶対にしてはいけません。

※過去オール善
 過ぎてしまったことはすべて肯定します。すべては自分にとってよかったことだと考え、感謝します。そして、過去の経験から学んだことを活かして、将来をより良くする方法を考えます。
 過去に起こったことが、不幸や不運の連続だったとしても、怒り、悲しみ、恐れなどの感情は、自分や周囲の人々に悪影響を与えます。過去と同様に、現在もオール善です。将来を良くする道は、まず、来し方と現在をすべて肯定することからはじまります。

※オール楽しみ
 どんな仕事にも楽しみを見いだすことです。『楽しくなければ仕事じゃない』『人生は楽しいものだ』を心に固く決めてしまえば、ストレスのたまる状況でもプラス発想でいられるものです。 
 『幸せの基本』船井幸雄著より

《ポジティプシンキング》

 よく“事実は一つ、捉え方は二つ”等と認知心理学では言われます。事実は、プラスでもマイナスでもなくてニュートラル!!その事実をどのように認知するかで、プラスとマイナスに分かれてきます。
 こんな時、あなたの認知はどちらでしょうか?

【失敗した時】 
 ※恥ずかしい、人生もう終わりだ  ※これはうまくいかないと分かって良かった
【ダメージを受けた】
 ※失敗を引きずる           ※早く立ち直るすべを見出す
【ピンチがきた】
 ※絶望だあ               ※抜け出す方法が必ずあるはず
【お金が無い時】
 ※食べていけないと心配する    ※では、お金をつくろう
【何かに挑戦する時】
 ※失敗したら大変           ※やることに意義がある
【前例のないこと】
 ※怖いからやめておく        ※おもしろい、先駆者になろう

 古くから“思考が現実化する”と言われています。何を思い、何を考えるかはとても大切な事です。自分の思考に意識を向けて、コントロールすることで少し違った世界が開けてくるかもしれません。

《自己限定》

 みなさんが『できない』と思うのは、ほとんどの場合錯覚です。できない気がしているだけで、できます。大丈夫です。自分で自分を制限したり限定したりしているだけなのです。
 
まず、『できない』と言う人は往々にして、やる前から言うことが多い。『やってみたけどできなかった』と言うのなら話もわかりますが、やる前から『できない』とはこれいかに、という感じです。だから『できません』と言う場合には、『やってみた?』とまず聞く必要があるのです。ここでも、『いえ、でもできないと思います』といった答えが返ってくるかもしれません。まるで禅問答です。
 
それは自分が勝手にできないと思っているのであって、実際にできないのとは違うということに何故気がつかないのか不思議です。
 
それに、『やったけどできませんでした』と答えるのも、私はあまり信用しません。その場合は、ちゃんとやらなかっただけということか多いからです。例えば、『これを携帯で撮って、メールに添付してAさんに送って』と依頼して『やったけどできません』と言われたら、これも『できます』。これは、単に正しい手順を知らなかったのでうまくいかなかっただけで、『できないのとは違うのです』

 誰もあなたに『今から月にいってこい』とか『太平洋を泳いで横断して』なんて言うわけがないのですから、普通のことで『できない』と言うのがいかにあてにならないことかわかるはず。

 こんな錯覚【自己限定】にだまされてはいけません。

《自 信》

 日頃、《自尊心》とか《自信》について考えているのですが、九十七歳の“三津田富左子”さんの著書『元気が出る言葉』から引用します。

【自 信】
 何かしようとして自分に自信がもてないときは、
 あきらめるより仕方がない。
 それはそれとして、
 自分が最善と思うことを行うよりほかない。
 最善を尽くしていれば、そこから自信がわいてくる。
 そういうものである。

【他人の評価】
 自分がやってきたことを深く知っているのは、自分だけだ。
 頑張ったなと思えば、自分で自分を褒めてあげればよい。
 他人の評価など、問題にすることはない。

 私が特に気に入ったものですが、
【お葬式でやってほしいこと】
 お葬式のときに、どうしてもやってほしいことがある。
 お棺の蓋を閉じるときに、生き返ってないかどうか、
 もう一度確かめてほしいのだ。

 どうですか!

《二人の石切り職人》

 モチベーションの話の中でよく使われる寓話をご紹介します。

 旅人が、ある町を通りかかりました。
 その町では、新しい教会が建設されているとこであり、
 建設現場では、『二人の石切り職人』が働いていました。

 その仕事に興味を持った旅人は、
 一人の石切り職人に聞きました。

『あなたは、何をしているのですか』

 その問いに対して、石切り職人は、
 不愉快そうな表情を浮かべ、
 ぶっきらぼうに答えました。

『このいまいましい石を切るために
 悪戦苦闘しているのさ』

 そこで、旅人は、
 もう一人の石切り職人に、
 同じことを聞きました。

 すると、その石切り職人は、
 表情を輝かせ、生き生きとした声で、
 こう答えたのです。

『ええ、いま、私は、
 多くの人々の心の安らぎの場となる
 素晴らしい教会を造っているのです』

 この寓話を読んでどのように感じますか!
 対照的な二人の石切り職人の違いは何なのでしょうか!

 色んなことを考えさせられます。 

《子は親の鏡》

けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる
とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる
不安な気持ちで育てると、子ども不安になる
「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもは、みじめな気持になる
子どもを馬鹿にすると、引っ込みじあんな子になる
親が人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる
叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう
励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる
広い心で接すれば、キレる子にはならない
誉めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ
愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ
認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる
見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になる
分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ
親が正直であれば、子どもは、正直であることの大切さを知る
子どもに公平であれば、子どもは、正義感のある子に育つ
やさしく、思いやりを持って育てれば、子どもは、やさしい子に育つ
守ってあげれば、子どもは、強い子に育つ
和気あいあいとした家庭で育てば、
子どもは、この世の中はいいところだと思えるようになる

    『ドロシー・ロー・ノルトの詩より』

《どうにもならないこと》

 ウェイン・W・ダイナー著 『シンプルに生きる』から

※ なぜ明日の天気に気を揉むのか
 天候が人力では変えられないということぐらい、今さら言うまでもないはずである。だが、胸に手を当ててつらつら考えてみると、気温や風、雨、嵐などについて自分がどんなに気を揉んでいたかがわかる。そのことが実は、あなた自身が犠牲になっていることの証なのだ。
 もちろん、無理して『悪天候が好きだ』というふりをする必要はない。だが、天候によってあなたが少しなりとも縛りつけられているとしたら、考え方を変えるようにしたほうがよいだろう。

※ 一日は24時間はそれ以上でも以下でもない
 好むと好まざるとにかかわらず、時間は常にまったく同じペースで流れていく。1日は24時間なのだ。時の経つのが速すぎるとか遅すぎるとか、一生こぼしつづけることもできるけれども、そんなことを言って悩んでいるうちに、いつの間にか少しずつ年をとってしまうのだ。

※ 自分の年齢を逆から数えることはできない
 年齢は、変えることはできない。たしかに、外見や態度、服装を変えることはできる。そして、自分をいくつと感じるかといった意識を変えることはできる。しかし、実際の年齢は、どうしようもないのだ。年をとったものだ、とこぼしても、何も変えられない。むしろ、こぼせばこぼすほど、実際よりもずっとふけて、疲れ果て、油がきれて、身体の節々が痛むような気がするくらいのものなのだ。

 この世界で何かを変える為にはたらきかけるというのは、本当にすばらしいことである。しかし、自分の立場をわきまえることも、変えられないことを受け入れることもまた大切である。 

《ポジティブ思考?》

 人がある行動をして身体に刺激を受けたとき、それが報酬系を刺激するか罰系を刺激するかは大脳、つまりは本人の意思によってコントロールできるのである。同じ行動でもそれを意思がどうとらえるかで、身体に与える影響は変わってくる。
 このことは、とりあえず私たちにポジティブ思考の大切さを教えてくれる。『身体にいい』『自分にとってプラスだ』『きっとよくなる』など、プラスにものごとを考えるのは決して観念的にいいだけでなく、実際に身体にいい作用を与えるということだからだ。ものごとをプラスの方向にとらえていくことは、心を落ち着かせるだけでなく、直接身体を健康にするのである。
 人が同じものごとに出合った時、それを報酬系で処理するか罰系で処理するかを自由に選べる権利があることは、人が生き方の自由をもっているともいえるだろう。元気にイキイキと過ごしたいと思えば、意識的に自分でその選択を行えばいい。逆に考えれば、いまつらい生き方をしている人は、自分自身がどこかでその選択を行っている場合が多いのだ。
 最近は、ポジティブ思考の反動からか、マイナス思考を勧める本も増えている。中身を見れば、ポジティブ思考だけじゃダメなんだ、というのはネガティブ思考的な、悲観的な考えをすればいいということではない。いまのような時代は、なんでもポジティブ思考で乗り切ろうとするのは危険だ、ということである。『がむしゃらに頑張れば成果がでる』という考え方はそろそろやめるべきじゃないか、ということだ。

 ポジティブ思考・ネガティブ思考、あなたはどのようにとらえますか!