《言葉》

 読売新聞の編集手帳より

 『男はつらいよ』の寅さんに「おい、相変わらず馬鹿か!」と声を掛けられたら、たぶん頬がゆるむ。
 『坊ちゃん』の赤シャツに「キミ、いまも愚かなままなの!」と言われたら、ムッとするだろう。

 言葉は不思議である。

 報道される“暴言”の多くは、活字を通じて接する。「産めないのか」のような一読レッドカード物は稀で、どういう人柄の人物が、どういう言い方をしたのか、記事を読むだけでは想像の及ばないことも少なくない。

 「小学生みたいな文書を作るな」 「国語を習ってきたのか」 これも言われた側の心には、活字以上の深い傷を負わせたのだろう。

 自殺した福島県警の警部(51)は、上司の課長(45)からパワハラを受けていたという。いい大人の世界で、言葉を凶器に用いたうとましい事件がつづく。

 最後の瞽女 小林ハルさんの残した言葉に、≪いい人と歩けば祭り。悪い人と歩けば修行≫がある。いやなヤツがときにこちらの人間を磨いてくれるのはその通りである。その通りではあるが、死に至る人間修業を強要する職場はやはりどこか狂っている。