心理療法入門・・・・河合隼雄著より
心理療法の問題に深くかかわっていると、治療者自身の個性ということが必ず関係してくる。このことが、心理療法に学派の相違が生じてくる要因となっている。フロイトの精神分析学、ユングの分析心理学、いずれにしろ、彼らの個性と深くかかわっている。このように考えてくると、心理療法の理論は、心理療法家それぞれの個性に従って、心理療法家の数だけあることになってくる。このことは、基本的に正しい、と筆者は考える。そうなると、心理療法家が『フロイト派』とか『ユング派』とか名乗るのはおかしいのではないか。各人が自分の流儀によって心理療法をするべきではなかろうか。そこで折衷主義ということも主張される。つまり、いろいろな学派の理論を自分の個性と照らし合わせて、自分にとってふさわしいと思うものを折衷してゆくという考えである。
ここで忘れてならないのは、個性というものは常に形成過程にあるものであり、相当な鍛錬によってこそ形成されてくるものである、ということである。それは、相当な自己否定や自己放棄、自己に対する懐疑などを経ずに顕われてくるものではない。そのような点で、ある学派を選択するということは、一種の自己放棄なのである。これを踏まえたうえでいかにして独り立ちできる心理療法家になるかが問われるのである。この点についての自覚のない者は、ややもすると学派の創始者を『教祖』のように思うような傾向に陥ってしまう。それに反して、折衷派の人は、自分らしい方法を生み出してゆく努力を重ねていても、自己放棄や自己否定を体験しない甘さがつきまとうことになる。いずれの道を選ぶにしても、そこに生じる一長一短について自覚することであろう。
私は、自己選択、自己決定ということについて考えることが多いのですが、『折衷派』という視点もあるのか?と参考になりましたので、ご紹介しました。