《簿記を学ぶ》

 四月に入って二週続けて、週末の土曜日に“経営計画発表会”に参加する機会がありました。どちらも外部の会場を借りての発表会でしたが、学ぶことが色々とありました。

 経営理念の確認から始まって 【ビジョン】 【経営戦略】 【新年度の数値目標】が発表され、各事業部の代表が実行計画にまとめて達成宣言をします。残念ながら発表会後の懇親会には参加できなかったのですが、大変に盛り上がったと聞いております。

 そこで【新年度の数値目標】や【実行計画】を発表する姿を見て、少なくても幹部の社員には会計的な知識が必要ではないかと強く感じました。経理等の業務をするわけではないので、専門的な知識までは不要と思うのですが、帳簿の仕組みや貸借対照表・損益計算書の読み方など基本的な部分の理解が大切になるのではないでしょうか。

 東京大学の名誉教授  岡部洋一氏のコメントから

 『簿記は文系の人が勉強すべきもの』と思っている方が多いようです。
 理系で学ぶ人こそ、簿記を学ぶべきだと思います。理由は二つあります。
 一つ目は、自分の仕事と会社経営との関係がわかるからです。卒業後、企業で研究開発、商品開発をする人が大勢います。彼ら、彼女らは『なぜ、会社は私が開発する製品を商品化しないのか』といった疑問を抱く場合があります。もし簿記を学んでいれば、自分の会社の財務状況を理解し、会社の利益の最大化のためにはどうすべきかがわかって、自分の仕事との関係も見えるはずです。
 二つ目の理由は、簿記のシステムが非常にしっかりしているからです。いったん理屈がわかれば、理系の人間には大変わかりやすい仕組みです。
 学生の中には、技術を活かしてベンチャー企業を立ち上げたり、組織の長となる人間も多いでしょう。その時、周囲に会計の知識がある人材がいるとは限りません。理系の人間にとっても、簿記は必ず必要な知識です。

 

《離職の理由》

 看護職員の『離職を考えた理由』が掲載されていましたので、ご案内をします。

1 職場内の派閥
2 いじめというより、嫌がらせ(情報を流さない)
3 声の大きな人に振り回される(シフトや仕事のやり方)
4 経営者に対する不満
5 必要以上の利益を求める経営者とのズレ

 一般企業でも同様なことが起きているのだと思うのですが、派閥とかグループが一番の理由になっていることには驚きです。上位5番までは、給与とか処遇面の理由がありません。給与・賃金面で離職を抑制しようとしてもあまり効果がないことに気がついていない経営者がどうも多いような気がします。

 以前もふれましたが、日本古来の考え方『和を以て貴しとなす』があります。この内容は、人はえてして派閥や党派などを作りやすい。そうなると偏った、かたくなな見方にこだわって、他と対立を深める結果になる。そのことを戒めているのです。ただ、『仲よく』というのではなく、道理を正しく見出すために党派、派閥的なこだわりを捨てよ、と教えてくれています。

  

 

《経営計画発表会に参加して》

 四月に入って、三年ぶりにある企業の“経営計画発表会”に参加をしてきました。

 1時間30分のスケジュールの中で
※永年勤続表彰・成績優秀表彰
※経営計画発表
※各事業部計画発表
※決意表明
 と進められました。

 今回参加して気付いたたことが二つあります。

Ⅰ 組織を動かす為に、規則と目標が必要であること。
Ⅱ 目標とか戦略はシンプル、かつ三つ程度が望ましい。

 多くのことを伝えようとすると無理があると感じました。今一度【選択と集中】でしょうか!
 

《改善のチャンス》

 職場の教養より

 一つの物事を、地道に継続していくことは大切です。しかし、どんな物事でも、惰性やマンネリを感じる時は必ずあります。

 例えば、いくら卵が好きでも、目玉焼きばかり食べていたら、飽きてしまいます。卵自体にも嫌気がさして、感謝の気持ちさえ薄れてしまうかもしれません。

 その時に、味付けに工夫したり、別の調理法で卵を食べるようにすれば、マンネリから脱出することができます。料理の歴史そのものも『こうしたらどうだろう?』という工夫から、様々なメニューが生み出されてきたのでしょう。

 子供たちは、同じ遊びに飽きてくると、試行錯誤の末、新しい遊び方をつくり出すものです。柔軟に頭を回転させ、いろいろなアイデアを出し、以前とは違う方法を試すことで、新たな発見をすることができます。

 マンネリを感じた時こそ、改善のチャンスです。より良い方法を見つける時期が来たのだと捉えて、今までとは違うやり方にチャレンジしてみましょう。

 毎朝の朝礼もその一つです。

 

 

《アドラー心理学》

 アドラー心理学“嫌われる勇気”の著者、岸見一郎さんの記事(父親の介護の様子)が読売新聞に掲載されていました。

 アドラー心理学は、オーストラリア出身の精神科医アルフレッド・アドラーが創始した。
 『人は“原因”ではなく、自らの“目的”によって行動する。過去や周囲がどうであれ、自分が変わろうとすれば変われるとする考え方だ』

 『怒りをぶつけたくなった時、相手とどんな関係を築きたいのかを考える。行動を支配するのではなく、相手に“お願い”する。聞くか聞かないかは相手が決める。これを実践するだけで、感情的になる頻度は確実に減らせます』

※編集後記
 相手の言動にイライラしたり怒りを感じたりして、感情的になってしまう。これは、介護の世界だけでなく夫婦関係や子育てにもあてはまることだと思う。家族という距離は近すぎて遠慮がなくなってしまうのか、大切な友人には決して言わない言葉を投げつけ、関係を悪くしてしまう。配偶者や子供とも、いつかは別れの時が来る。だから今、共に過ごす時間を大切にしたいという岩見さんの言葉に深く共感した。

 【嫌われる勇気】の本では
※課題の分離
※劣等感と劣等コンプレックスの違い等、
 ひきこもり・赤面症を事例に興味深いことがたくさん書いてあります。

《真実の瞬間》

 私が、開業した1990年に出版された“真実の瞬間”ヤン・カールソン著は、ベストセラーになりましたが、今も時々読み返すほど参考になる本です。

 本より一部抜粋
 真に自分たちの会社を、顧客の個々のニーズに応える企業にするつもりなら、現場からかけ離れた部署でつくられた規則書や指示書に頼ってはならない。15秒の真実の瞬間にスカンジナビア航空を代表している航空券係、客室乗務員、荷物係といった最前線の従業員に、アイデア、決定、対策を実施する責任を委ねることが必要だ。もし、問題が起こるたびに最前線の従業員が上層部の意向を確かめていたら、貴重な15秒間がむだになり、顧客を増やすせっかくの機会を失ってしまう。

 私も“真実の瞬間”に共感するのですが、確かに組織が成長するに従って第一線の現場で起きていることが組織の上層部で把握されていないといったことが多くなってくると感じます。具体的には、クレームとか事故といったようなトラブルが何故発生して、どのように対応がなされたのかが、見えない状態とでも表現したほうがいいでしょうか!

 組織をフラットにしたりといろんな対策が取られていますが、なんとも悩ましいですね。
 委任(任せる)の仕方と、ホウレンソウの取り方を今一度研究しないといけない時期にきました。 

《文字の印象》

 私の娘が、小学生のころテストの答案用紙や名札等に名前を記入する際“ひらがな”で書いている時期がありました。漢字で書くと強い感じがするのですが、ひらがなにすると確かにソフトな印象になっていたことを記憶しています。

 仕事柄、研修で話をしたり資料を作成したりするのですが、言葉には少々気を使っています。理想的には“ストンと伝わる言葉”を目標にしていますが、これが中々難しいのです。私の頭も複雑なものよりシンプルなものを好みますので、言葉や文章もシンプルなものや視覚的により伝わりやすいものを使うように心がけています。“素敵な人”と書くよりも“すてきな人”としたり、“優しい人”を“やさしい人”としたほうが、やわらかさを感じます。また、大量と表現するより“いっぱい”と言ったほうが伝わりやすいんじゃないか!などと考えながら言葉や文字を選びます。

 さらに、相手がより鮮明にイメージができるように“レモンを食べた”というよりも『手にとると冷んやりする黄色いレモンを真ん中から二つに割って、ギュッと口の中に絞った』・・・・・・。少し、唾液が出てきましたか?

 言葉にして話すときでも、相手がよりイメージができ、共感できるほうが、理解が早くすすみます。時には、専門用語ばかりの難しい表現も必要でしょう。けれど同時に、誰にでもわかる簡単な表現も大切だと思うのです。

 時には、自分の言葉・表現に意識を向けてみるのも良いかもしれません。

《失敗をかてにしましょう》

 誰にでも、忘れてしまいたいような失敗はあるものです。

 失敗をきれいさっぱり忘れられれば、たしかに気持ちは楽になるでしょう。しかし、その一方で失敗から学び、大事な教訓として活かすこともできるのです。

 江戸幕府を開いた徳川家康には、堂々とした、威厳のある肖像画が残されています。それとはまったく異なり、憔悴しきった家康の姿を描いた【家康のしかみ像】と呼ばれている画があります。

 家康は、31歳の時、三方ケ原の合戦で武田信玄に散々に打ちのめされ、恐怖のあまり、脱糞しながら敗走したといいます。

 この敗戦を肝に銘ずるため、家康は己の惨めな姿を従軍絵師に描かせ、いつも身近において、慢心を自戒したと伝えられています。

 失敗は苦い経験です。しかし、眼をそむけずに真正面から受け止め、《大事なことを教えてくれる有難い先生だ》と謙虚に教えを乞い、自己成長のかてとする時、失敗は一変して輝く宝物となるのです。

 ※職場の教養より

《人事考課の目的》

 そろそろ年度末になり、人事考課の時期ではないでしょうか!そこで今日は、【人事考課の目的】を私なりにまとめてみたいと思います。

※人事考課の目指す3つの視点
Ⅰ 社員の成長と育成の視点
  職務を遂行する上で必要とする、知識と技術の習得
  組織を永続させるための人材育成

Ⅱ 目標管理を運用しての行動変容
  社員が目標を共有し、上司・部下のコミュニケーションツールとすること
  行動が変わると結果が変わることを理解し、プロセス行動に着目すること

Ⅲ 意識のギャップを埋めること
  自己評価(やっているつもりの自分)
  他者評価(はた目の自分)
  両者の評価のギャップをうめること

 たくさん書きたいことがありますが、シンプルに3つに絞ってみました。 

    

《基本を見直す》

 職場の教養より

 A社長が、新しい取引先に電話をした時のことです。

 電話に出た社員に、会社の住所と電話番号、社長のフルネームを確認したところ、すぐに答えが返ってきませんでした。怪訝に思ったものの、“きっと入社間もない社員だろう”と考えて、電話を切りました。

 ふと『うちの社員はどうだろうか』と気になったA社長は、思い切って会社の基本情報についての社内テストを実施しました。

 すると、会社の電話番号を知らなかったり、社長のフルネームを書けない社員が、少なからずいたのです。

 著名講師を招くなど、時間とお金をかけて社員教育に力を入れてきたA社長ですが、最も基本的な情報を社員が知らなかったことに俄然としました。

 これを機に、A社長は、まずは社員に自分の会社のことをよく知ってもらうという方針を立てました。そして、自らも日常の基本的な事柄を疎かにしないよう、足元の実践に取り組むようになりました。

 私の経験でも、立派な経営理念はあるのですが、社員が知らなかったり・理解していなかったりという例は時々あります。【知ってるつもり】といった思い込みが、組織の中には必ず存在するのだと思います。時々、基本・原点に立ち返ることの大切さを教えてくれています。