世界標準の経営理論・・・・入山章栄著より
【同族企業】
オランダ、エラスムス大学のマルク・ファン・エッセンらが2015年に『コーポレートガバナンス・アン・インターナショナル・レビュー』に発表した論文では、米国企業を分析した55本の実証研究をまとめたメタアナリシスより、「同族企業の方が非同族企業よりも業績がよい」という総合的な結論を得ている。
同様の傾向は、日本でも見られる。カナダ、アルバータ大学のビカス・メロトラが京都産業大学准教授の沈政郁らと2013年に『ジャーナル・オブ・フィナンシャル・エコノミクス』に発表した論文では、1961年から2000年までの日本の上場企業の所有・経営構造を精査して研究を行った結果、やはり同族企業は非同族企業よりもROAなどの業績が高いことを明らかにしている。
この論文で、メロトラたちはさらに興味深い結果を提示している。実は、日本の同族企業のなかで特に業績がよいのは、「経営者が婿養子の場合」だというのだ。彼らの統計分析では、日本で婿養子が経営する同族企業は、①血のつながった創業家一族出身者が経営をする同族企業よりROAが0.56%ポイント高くなり、②創業家でもない外部者が経営をする非同族企業よりROAが0.90%ポイント、成長率が0.50%ポイント高いという結果を得ている。すなわち日本で最も業績が高い企業統治のパターンは、「婿養子を迎えた同族企業」なのである。
この興味深い結果はある程度エージェンシー理論で説明できる、と筆者は考える。まず、同族企業は創業家が大株主なので、創業家から経営者が出るということは「所有と経営の一致」を意味する。株式会社制度の基本は「所有と経営の分離」だが、逆に言えば、それによってモラルハザードが起きる。他方、同族企業は主要株主(プリンシパル)と経営者(エージェント)が一枚岩で、両者がビジョンを共有しているので「目的の不一致」がない。
また、同族企業ではこの両者の溝がきれいに埋まることがわかるだろう。まず、日本企業の問題の一つは、リスク回避的な内部昇進のプロパー社長が、大胆な戦略を打てないことだった。しかし、同族企業の経営者はプリンシパルである創業家と一枚岩で、同じビジョンを持ち、しかも創業家出身なので大胆な戦略を打っても解任リスクが小さい。したがって経営者がリスク回避的でなくなり、大胆な戦略が打ちやすい。
さらに言えば、創業家には企業を自身の「家族」と重ねる人も多い。そうであれば企業(=家族)に期待することは短期的な株価上昇だけではなく、長い目で見た永続的な繁栄になる。したがって、同族企業の経営者は創業家(プリンシパル)に支えられ、ブレのない戦略を打てるのだ。
もちろん、同族企業にはネガティブな面もある。とりわけ深刻なのは、創業家から選ばれる経営者の能力が高いとは限らないことだ。社内外にもっと優秀な人材がいるのに、創業家出身という理由だけで登用されては企業にマイナスだ。
しかし、婿養子ならこの問題も解消できる。婿養子には時間をかけて企業の外部・内部から選び抜かれた人が迎えられるので、資質の劣る人材を経営陣に登用するリスクは小さい。しかも経営者候補が婿養子として創業家に入ることは、創業家出身者と同様に婿養子の目線が創業家(プリンシパル)と一体になるということだ。したがって、やはりプリンシパル(主要株主の創業家)とエージェント(経営者)の「目的の不一致」が解消され、婿養子経営者はブレのない戦略が打ちやすい。